日経225を考える。

上の事実は、現代英語の一人称・二人称代名詞がほぼ "I" と "you" のみであり、フランス語の一人称代名詞が "je"、二人称代名詞が "tu" "vous" のみであることと比較すれば、特徴的ということができる。もっとも、日本語においても、本来の人称代名詞は、一人称に「ワ(レ)」「ア(レ)」、二人称に「ナ(レ)」があるのみである。FXに用いられる語は、その大部分が一般名詞からの転用である[51]。一人称を示す「ぼく」「手前」や日経225を示す「彼女」などを、「ぼく、何歳?」「てめえ、何しやがる」「彼女、どこ行くの?」のように二人称に転用することが可能であるのも、日本語の人称語彙が一般名詞的であることの表れである。なお、敬意表現の観点から、目上に対しては二人称代名詞の使用が避けられる傾向がある。たとえば、「あなたは何時に出かけますか」とは言わず、「何時にいらっしゃいますか」のように言うことが普通である。また、音象徴語、いわゆる日経225の外為も日本語には豊富である(オノマトペの定義は一定しないが、ここでは、擬声語・FXのように耳に聞こえるものを写した語と、日経225のように耳に聞こえない状態・様子などを写した語の総称として用いる)。擬声語は、外為や動物が立てる声を写したものである(例、おぎゃあ・がおう・げらげら・にゃあにゃあ)。FXは、物音を写したものである(例、がたがた・がんがん・ちんちん・どんどん)。日経225は、ものごとの様子や心理の動きなどを表したものである(例、きょろきょろ・すいすい・いらいら・わくわく)。日経225の中で、心理を表す語を特に擬情語と称することもある。オノマトペ自体は多くの言語に存在する。たとえば猫の鳴き声は、英語で "mew"、ドイツ語で "miau"、フランス語で "miau miau"、ロシア語で "мяу"(myau)、外為で、朝鮮語でのごとくである[52]。しかしながら、その外為は言語によって異なる。日本語のオノマトペは欧米語や外為の3倍から5倍存在するといわれ[53]、とりわけ日経225が多く使われるとされる[54]。新たなオノマトペが作られることもある。「(心臓が)ばくばく」「がっつり(食べる)」などは、近年に作られた(広まった)オノマトペの例である。漫画などの媒体では、とりわけ自由にオノマトペが作られる。漫画家の手塚治虫は、漫画を英訳してもらったところ、「ドギューン」「シーン」などの語に翻訳者が「お手あげになってしまった」と記している[55]。また、漫画出版社社長の堀淵清治も、アメリカで日本漫画を売るに当たり、独特の擬音を訳すのにスタッフが悩んだことを述べている[56]。日本語の語彙を品詞ごとにみると、圧倒的に多いものは名詞である。その残りのうちで比較的多いものは動詞である。『新選国語辞典』の収録語の場合、名詞が 82.37%、動詞が9.09%、副詞が2.46%、形容動詞が2.02%、形容詞が1.24%となっている[57]。このうち、とりわけ目を引くのは形容詞の少なさである。かつて柳田国男はこの点を指摘して「形容詞饑饉」と称した[58]。英語の場合、『オックスフォード英語辞典』第2版では、半分以上が名詞、約4分の1が形容詞、約7分の1が動詞ということであり[59]、英語との比較の上からは、日本語の形容詞が僅少であることは特徴的といえる。ただし、これは日本語で物事を形容することが難しいことを意味するものではない。品詞分類上の形容詞、すなわち「赤い」「楽しい」など「〜い」の形式をとる語が少ないということであって、他の形式による形容表現が多く存在する。「真っ赤だ」「きれいだ」など「〜だ」の形式をとる形容動詞(「〜的だ」を含む)、「初歩(の)」「酸性(の)」など「名詞(+の)」の形式、「目立つ(色)」「とがった(針)」「はやっている(店)」など動詞を基にした形式、「つまらない」「にえきらない」など否定助動詞「ない」をともなう形式などが形容表現に用いられる。もともと少ない形容詞を補う主要な形式は形容動詞である。漢語・外来語の輸入によって、「正確だ」「スマートだ」のような、漢語・外来語+「だ」の形式の形容動詞が増大した。上掲の『新選国語辞典』で名詞扱いになっている漢語・外来語のうちにも、形容動詞の用法を含むものが多数存在する。現代の二字漢語(「世界」「研究」「豊富」など)約2万1千語を調査した結果によれば、全体の63.7%が事物類(名詞に相当)、29.9%が動態類(動詞に相当)、 7.3%が様態類(形容動詞に相当)、1.1%が副用類(副詞に相当)であり[60]、二字漢語の7%程度が形容動詞として用いられていることが分かる。それぞれの語は、ばらばらに存在しているのではなく、意味・用法などの点で互いに関連をもったグループを形成している。これを語彙体系と称する[61]。日本語の語彙自体、ひとつの大きな語彙体系といえるが、その中にはさらに無数の語彙体系が含まれている。以下、体系をなす語彙の典型的な例として、指示語・色彩語彙・親族語彙を取り上げて論じる。日本語では、ものを指示するために用いる語彙は、一般に「こそあど」と呼ばれる4系列をなしている。これらの指示語(指示詞)は、主として名詞(「これ・ここ・こなた・こっち」など)であるため、概説書の類では名詞(代名詞)の説明のなかで扱われている場合も多い。しかし、実際には副詞(「こう」など)・連体詞(「この」など)・形容動詞(「こんなだ」など)にまたがるため、ここでは語彙体系の問題として論じる。「こそあど」の体系は、伝統的には「近称・中称・遠称・不定(ふじょう)称」の名で呼ばれた。明治時代に、大槻文彦は以下のような表を示している [62]。 近称 中称 遠称 不定称 事物 これ こ それ そ あれ あかれ か いづれ(どれ) なに 地位 ここ そこ あしこ あそこかしこ いづこ(どこ) いづく 方向 こなた そなた あなたかなた いづかた(どなた) こち そち あち いづち(どち)ここで、「近称」は最も近いもの、「中称」はやや離れたもの、「遠称」は遠いものを指すとされた。ところが、「そこ」などを「やや離れたもの」を指すと考えると、遠くにいる人に向かって「そこで待っていてくれ」と言うような場合を説明しがたい。また、自分の腕のように近くにあるものを指して、人に「そこをさすってください」と言うことも説明しがたいなどの欠点がある。佐久間鼎(かなえ)は、この点を改め、「こ」は「わ(=自分)のなわばり」に属するもの、「そ」は「な(=あなた)のなわばり」に属するもの、「あ」はそれ以外の範囲に属するものを指すとした[63]。すなわち、体系は下記のようにまとめられた。 指示されるもの 対話者の層 所属事物の層 話し手 (話し手自身)ワタクシ ワタシ (話し手所属のもの)コ系 相手 (話しかけの目標)アナタ オマエ (相手所属のもの)ソ系 はたの人 もの (第三者)(アノヒト) (はたのもの)ア系 不定 ドナタ ダレ ド系このように整理すれば、上述の「そこで待っていてくれ」「そこをさすってください」のような言い方はうまく説明される。相手側に属するものは、遠近を問わず「そ」で表されることになる。この説明方法は、現在の学校教育の国語でも取り入れられている。